■社会に貢献する建築を目指して

建築は使われるためにあり眺めるためだけのものではない。建築は街並みのインテリアであり、その佇まいに心配りをすれば都市も美しくなる。しかし予算には限りがある。建築としての最大の効率と街並み作りへの貢献とをバランスさせることは簡単なことではない。その簡単でない仕事に取り組むのが真の建築家、プロフェッショナルの仕事である。そう信じて設計に専念して40年が過ぎた。この間に実現した作品を振り返ると、これらが市民、建築主、そして私の合作であったと感じるようになった。社会に貢献する建築こそ世の中が、建築主が、そして私が求めるものなのではないか。その一念から私は平成9年4月に独立して新しい会社を設立した。会社の名前は株式会社村井敬合同設計。多くのパートナーを迎え、あるいは育てるために合同という名前を加えた。社会は激しく変動している。情報技術の進歩だけではなく価値観そのものが変化し、そして多様化している。過去を大切にしながらも過去に束縛されない新しい専門家集団を目指したい。多くの実績と評価を得たリーダーに率いられたこの組織には若さがある。夢に向かって一歩一歩進み出したこの集団が目指すのは社会に貢献する建築の実現である。

■プロジェクトを設計する 〜建築主ともに歩む〜

良い建築には良い建築主が欠かせない。必要にして十分な条件ともいえる。良き建築主は周到な資金計画を立て、良き土地、良き設計者、良き施工者、そして良き管理者を選ぶ。どれが欠けても良き建築は成就しない。竣功は建築の始まりであり終わりではない。手渡された鍵で建築主が建築の扉を開いたときこそ建築が生まれる瞬間である。出産といってもよい。設計、建築工事とは出産の準備手続きに過ぎない。「生みの親より育ての親」とは建築の世界でも正鵠を射ている。建築は竣功、使用を経てその価値を発揮してくる。子供と同じである。生まれた瞬間に赤子の価値を云々するのは愚かしい限りである。設計者が良き建築を設計するためには良き建築主に選んでもらわなければならない。良き建築主は普請道楽とは異なる。したがって、設計者の選び方に精通しているとは限らない。良き建築の出産が簡単でない理由がここにある。では建築主を良き方向に教育するという設計者もいるようだが思い上がりも甚だしい。設計者こそ社会から良き方向に教育してもらわなければならない。私が設計一筋に来て40年が経過してわかったことがある。理屈では誰でも知っていることだが、「建築主ともに歩む」ということである。何を作るべきか。予算は。竣功後はどのように運営管理していくのか。黒字転換、損益分岐点、元本回収は。建築主とともに頭をフル回転させる。設計、いやプロジェクト企画を開始するときほど私の経験が活かされる瞬間はない。

■経験豊かな若い設計集団

リーダーの村井敬は東京大学で修士号取得後そのまま日本最大の設計事務所日建設計に入社。同社の設計部門を担当した後、退社翌日の1997年4月1日に新しい会社を設立した。それが株式会社村井敬合同設計である。若い設計スタッフが多いこの設計事務所は、日本でも屈指の最も経験豊かなリーダーによって率いられている。

■誠実確実迅速な設計体制

社会、建築主、設計者そして施工者にとって最善のものを創り上げていく、それがこの設計集団の心得である。そのためには多くの設計案を検討し、一人でも多くの人に賛同してもらうようにしている。事実、リーダーの村井は40年間そのことに努め、多くの公共建築、民間建築を実現してきた。この中に20件のコンペ当選案件が含まれている事実がこの集団の誠実確実迅速さを裏付けている。

■社会を大切にする設計理念

人間がよって立つ社会を大切にする。それを建築という形にするとき、それは清潔な造形となる。合理的で経済的な建物とは最も人間的な建物でもある。この設計集団に先入観念は存在してはならない。何故なら、社会、建築主も設計者にとっては共同設計者と考えているからである。

■未来を見つめた設計体制

現在に甘んじるのではなく常に社会とともに歩み、ときには先駆者としても行動するようにしている。村井自身、情報化社会への対応、企業ネットワークへの取り組みは設計事務所の中のトップクラスといわれてきた。トップクラスのデザイナーはトップクラスの改革者でなければならい。ダ・ヴィンチのように。